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Triti Tran ティリティ・トゥラン

舞台打ち合わせ、審査員、EUの取材!
先週末は、いつも公演でお世話になっている
土屋貴司監督と、大学同級生の声優の東地宏樹さんと
今年11月の公演の打ち合わせ。

東地宏樹さんは2016年の「ロルカⅢ -タマリット-」に出演していただき、
今年の舞台にも出演してくれることが決まりました。
詳細お知らせはもう少しお待ち下さいね。

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日曜はCAFコンクールがあり、審査員をさせていただきました。
若手芸術家の育成を目指し、将来性のある舞踊家の発掘、
スペインでの研修機会を提供する為のコンクールです。
このコンクールの結果で、その人の将来も変わってくるでしょう。
責任ある審査は、踊りのテクニック、表現の仕方、身体能力、
舞台の使い方、衣装など多くのことを審査対象に考え、公平に審査いたしました。
才能ある若い舞踊家が育っていくことは本当に嬉しいことで、決勝が楽しみです。

そして、翌日はEU(欧州連合)からの取材で、
日本人である私がスペインの踊り、フラメンコをやっているというお話しや
レッスン風景の撮影がありました。
最初は、EUからの取材?! ホントかしら、と思いましたが、ホントでした!

EPA発効を記念するビデオ・キャンペーンシリーズの取材で、
さまざまな企業が日本とEUの貿易関係について言及する
ビデオのようですが、文化的なことも入れましょうということで、
私のほうにお話がきたようです。

取材映像はSNSでの発信で1分程度のようです。
また映像ができたらご紹介しますね。

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丁寧に生きる
今日10/21は母の月命日、
母との別れから3ヶ月が経ちました。
もう3ヶ月….まだ3ヶ月….
複雑な思いからは抜け切れていません。

昨日の日曜日は、生前親しくしてた方を
母の住んでいた家にお呼びして
「母を偲ぶ会」を行いました。
母や父の思い出を皆と語りながら、
飲んで食べての賑やかな会、
きっと父も母も同席していたはずです。

母の死は、私に沢山の気づきをくれました。
まず思うことは、「人生を丁寧に生きること」
父、母を失い、自分にもいずれやってくる
死を自然と考えるようになりました。
健康に生きられるのが70才程度と考えると、
好きなことができるのはあと20年。

ある本で読んだことです。
⚪︎「あと桜を何回見れますか?」
 「あとご飯を何回食べれますか?」
 あと何回それができるか考えてみましょう。

⚪︎モチベーションは、あと何回それができるかに左右される。
 あとわずかしかないことに気づくと、取り組み方が濃密になる

自分の残りの人生でできること、できる回数を数えてみると、
何気なく毎日を過ごすことなんてできなくなりました。
大事な人との別れは突然来るということも経験しました。

日々の生活に追われ、食事も慌ただしく、
時間に追われるようにしていた生活を改め、
いつ自分が踊れなくなっても、
いつ大事な人との別れが来ても、
後悔しないように、今この時を大事に人生を
丁寧に生きることを心がけなければと思っています。

母が見せてくれた人生をしっかりと胸に刻みつつ。


⚪︎全員で父と母のお仏壇の前で記念写真
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⚪︎16人でワイワイと賑やかに。
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⚪︎海鮮鍋、もつ鍋、カニ、食べきれないほどのお料理。最後はほとんど完食。
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⚪︎お料理のプロお二人作って下さったあんこう鍋。絶品のお味!
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2019年 今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2019年、新しい年を迎えました。
今年は喪となりますので、
新年のご挨拶は控えさせていただいております。
昨年中、お世話になりました皆様に心より感謝申し上げます。

悲しく辛いことのあった2018年でしたが、
いいこと、良くないことがあってこその人生、
全てを受け止めなくてはいけません。

今年の年末年始は沢山の本を読んで過ごしました。
小さい頃から好きだった読書は、
知らなかった知識を与えてくれ、
新しい世界を広げてくれます。

教室は今日(5日)から初レッスン、
パワーのみなぎったスタジオで、
沢山の生徒さんがクラスに来て下さいました。
今年6月の発表会に向けて、
スタジオは益々、熱くなっていくことと思います。

新しい時代の訪れと共に、
私も新しい歩みをしていきたいと、気持ちを新たにしています。
皆様、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

御礼 無事に終演しました!
小松原庸子スペイン舞踊団創立50周年記念プレ公演、終了いたしました。
お越し下さった皆様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

私が14才の時から、踊りだけでなく様々なことを教えて下さった庸子先生、
多感な時期を共に過ごした仲間達、沢山の勉強をさせてくれた
スペイン人アーティスト、カナレス、マリベル、クリージョ、ルイス、マルコ、
思い出が詰まった高円寺で過ごしたこの1週間は宝物です。

母が亡くなり約2カ月、悲しみの中での舞台でしたが、庸子先生からも、
「踊り続けなさい!悲しみを超えて頑張って!」とのメッセージをいただいたり、
今回ベナモールを一緒に踊ったルイスからも、
「踊ることで悲しみから少し逃れられる。自分も両親を亡くした時、
踊りが自分を支えてくれたよ」と話してくれました。

練習期間中は、あまりの大変な状況に皆、
気力体力も限界に近い様子も見うけられましたが、
終わってみれば、残るのは感謝の気持ちのみ。
これが舞台なのです。

関わって下さったスタッフの皆さん、出演者の皆、
何よりここまで私たちを育てて下さった庸子先生、
本当にありがとうございました。

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まずは頑張って参ります。
昨日、北区王子にある金剛寺で母の四十九日法要、納骨を終えました。
あいにくの曇り空でしたが、この1ヶ月は空が晴れていてもすべてが灰色に見えて、
より悲しみが深くなったので、雲が慰めてくれているようでした。

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母の戒名は、智優妙弘信女。
母が好きだった智慧の「智」の字を入れていただき、
その思いは私の名前にも表れています。

実はこの「智」という字には不思議な縁がありました。
昨年の舞台「ちはやふる」のプログラムの挨拶にも書きましたが、
母の叔母は日本舞踊をやっていて、
母がまだ5才の時に19才でこの世を去りました。
日本舞踊のお稽古場にもよく連れて行ってくれ、
母は可愛がってくれたお姉さんが大好きだったようです。

私が産まれてすぐ、母の両親は大阪から上京して私を初めて抱っこしてくれた時、
「この子は亡くなった・・子によく似ている」と言ったそうで、
母はことあるごとに、「あなたは亡くなったお姉さんにそっくりだわ」
と私に話していました。

母の実家のお墓は大阪の四天王寺にあり、
この4,5年は母と一緒に毎年お墓詣りに行っていました。
3年前に行った時、お墓に刻まれているお姉さんの戒名を見ると、
「智」という字があり、母も私も驚きました。母も全く知らなかったそうです。

私は、叔母の生まれ変わりだ、と心の中で確信しました。
踊りの分野は違うけれど、日本舞踊に打ち込み、
作品の振付まで手がけるようになっていた叔母、
これからという時に亡くなり、無念の思いがあったと思います。
その思いを果たすべく、今生で私がこのような人生を送っているのだと。
私が小さい頃から母が全面的に舞踊活動をサポートしてくれたのも
わかるような気がします。

今、母には感謝の気持ちしかありません。

6年前に父を失った時、私もかなりのショックを受け、
父の写真を落ち着いた心境で見れるようになったのも最近です。
その頃も悲しみの淵にいましたが、母がいてくれるということが
心の支えだったのだと、今更ながら思います。

その母もいなくなり、今は喪失感でいっぱいですが、叔母から受け継いだ魂の思いを胸に、
残された人生をしっかり生きることが父母への供養だと思っています。

母の葬儀では、教室をやめてかなりの年月が経っている
沢山の元生徒さんも会葬に来て下さったり、
葬儀後も生徒さんから心温まるエピソードを聞き、
生徒さんから慕われていた母を改めて誇りに思いました。

しばらく体調を崩していた私にも、多くの生徒さんから温かいお声がけを下さり、
スタジオの生徒さん、友人、そして家族が支えてくれることを、
本当に有難く思います。

王子の金剛寺には、石井家のお墓のすぐ側に主人の両親のお墓もあり、
いずれ(まだ先のことでしょうけれど)私もそこへ行くことになります。

主人の両親、私の両親は私たち家族を、
母は、大好きだったスタジオと生徒さんたちを天国から見守ってくれているでしょう。

まだ時間はかかりそうですが、少しずつ心が癒えていくのを待つしかありません。
母も観に来る予定だった来週の公演に向けて、まずは頑張って参ります。

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まとめ