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Triti Tran ティリティ・トゥラン

まずは頑張って参ります。
昨日、北区王子にある金剛寺で母の四十九日法要、納骨を終えました。
あいにくの曇り空でしたが、この1ヶ月は空が晴れていてもすべてが灰色に見えて、
より悲しみが深くなったので、雲が慰めてくれているようでした。

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母の戒名は、智優妙弘信女。
母が好きだった智慧の「智」の字を入れていただき、
その思いは私の名前にも表れています。

実はこの「智」という字には不思議な縁がありました。
昨年の舞台「ちはやふる」のプログラムの挨拶にも書きましたが、
母の叔母は日本舞踊をやっていて、
母がまだ5才の時に19才でこの世を去りました。
日本舞踊のお稽古場にもよく連れて行ってくれ、
母は可愛がってくれたお姉さんが大好きだったようです。

私が産まれてすぐ、母の両親は大阪から上京して私を初めて抱っこしてくれた時、
「この子は亡くなった・・子によく似ている」と言ったそうで、
母はことあるごとに、「あなたは亡くなったお姉さんにそっくりだわ」
と私に話していました。

母の実家のお墓は大阪の四天王寺にあり、
この4,5年は母と一緒に毎年お墓詣りに行っていました。
3年前に行った時、お墓に刻まれているお姉さんの戒名を見ると、
「智」という字があり、母も私も驚きました。母も全く知らなかったそうです。

私は、叔母の生まれ変わりだ、と心の中で確信しました。
踊りの分野は違うけれど、日本舞踊に打ち込み、
作品の振付まで手がけるようになっていた叔母、
これからという時に亡くなり、無念の思いがあったと思います。
その思いを果たすべく、今生で私がこのような人生を送っているのだと。
私が小さい頃から母が全面的に舞踊活動をサポートしてくれたのも
わかるような気がします。

今、母には感謝の気持ちしかありません。

6年前に父を失った時、私もかなりのショックを受け、
父の写真を落ち着いた心境で見れるようになったのも最近です。
その頃も悲しみの淵にいましたが、母がいてくれるということが
心の支えだったのだと、今更ながら思います。

その母もいなくなり、今は喪失感でいっぱいですが、叔母から受け継いだ魂の思いを胸に、
残された人生をしっかり生きることが父母への供養だと思っています。

母の葬儀では、教室をやめてかなりの年月が経っている
沢山の元生徒さんも会葬に来て下さったり、
葬儀後も生徒さんから心温まるエピソードを聞き、
生徒さんから慕われていた母を改めて誇りに思いました。

しばらく体調を崩していた私にも、多くの生徒さんから温かいお声がけを下さり、
スタジオの生徒さん、友人、そして家族が支えてくれることを、
本当に有難く思います。

王子の金剛寺には、石井家のお墓のすぐ側に主人の両親のお墓もあり、
いずれ(まだ先のことでしょうけれど)私もそこへ行くことになります。

主人の両親、私の両親は私たち家族を、
母は、大好きだったスタジオと生徒さんたちを天国から見守ってくれているでしょう。

まだ時間はかかりそうですが、少しずつ心が癒えていくのを待つしかありません。
母も観に来る予定だった来週の公演に向けて、まずは頑張って参ります。


御礼とご報告 葬儀を終えました。
先日、亡き母 石井弘子の葬儀を終えました。
お忙しい中、ご会葬下さいました皆様、
本当にありがとうございました。
沢山の方に見送られ、
母もきっと喜んでいたことと思います。

6年前に他界した父も母も、
小さな頃から踊りに熱中していた私を、
全面的にサポートしてくれ、
大人になってからも舞踊家としての活動を
常に支え続けてくれました。
特に母は、人生の大事な岐路で舞踊家として
進むべき道標を示してくれ、
今の私がいるのは間違いなく母のおかげです。

大学卒業後は、母と共に二人三脚でフラメンコスタジオを経営し、
生徒さんにとって母は、愛情と希望を与える良き相談相手でした。
私と母は親子ですから、時には衝突し、喧嘩をすることも多くありましたが、
母がスタジオを引退してからの数年は、
普通の母、娘として貴重な時間を過ごすこともできました。

この数年は膝の痛みで、杖なしでは一人で歩けなくなっていましたが、
それでもいつも背筋はピシッとし、身なりもきちんとし、
家はいつ行っても綺麗にしていました。
いつもきちっとしていた母らしく、長患いすることもなく、
いさぎよく旅立ちました。

親との別れはいつか来ると思ってはいましたが、
残された私たち家族にとってはあまりに突然のことで、
食事ものどを通らず、憔悴しきっていた私を、
家族、友人、周りの方は支えてくれました。

親を亡くした悲しみはきっと一生消えません。
この悲しみと、母が自分の死をもって教えてくれた気づき、
学びを胸に、生徒さんへの愛情あふれるスタジオ作り、
そして舞踊家としてまだまだ精進を続けていかなければと思っています。

前を向いて歩いていくことが、
父や母が一番望んでいることであり、
一番の供養になるはずです。
母は、スタジオと私たち家族を天国から温かく
見守っていてくれることでしょう。

生前、母がお世話になりました皆様に
心より御礼申し上げます。

訃報 母 
一昨日、10月21日に、私の母が他界いたしました。
生前お世話になりました皆様に心より御礼申し上げます。

30年前、五反野に母と私でスタジオを開設し、
二人三脚でやってまいりました。
時には衝突し、けんかもよくしましたが、
スタジオのマネージャーを引退してからこの数年は
普通の母と娘として良い関係を築け、
まだまだこれから沢山親孝行をしようと思っていた矢先でした。

6年前に他界した父と母は、
私が小さな頃から踊りの道に進みたいという意志を尊重してくれ、
全力でサポートしてくれ、
私が踊る舞台には一つも欠かさず観に来てくれました。

今の私がいて、今のスタジオがあるのは両親のおかげです。
父と母の娘に産まれたことを心から誇りに思います。

母はこの数年、何を食べても、それがコンビニのサンドイッチでも「美味しいわ!」
何かをしてあげると「どうもありがとう!」と常に感謝の気持ちを伝えてくれ、
心穏やかになっていました。

もっと優しくしてあげれば、、、
もっとあれもこんなこともしてあげたかった、、、
と後悔の念がこみ上げています。まだ自分の気持ちが整理できず、
やりきれないこの悲しい思いをどうしたらいいのか、わかりません。

スタジオの生徒さんが大好きで、受付で生徒さんとおしゃべりするのが
何より大好きだった母。

生徒さんや沢山の方にいらしていただけるよう、銀座スタジオの裏にある
京橋プラザで葬儀を行うことにいたしました。
ご都合つく方は、最後にぜひ母に会いに来てあげてください。
賑やかなことが好きだった母ですから、きっと喜んでくれると思います。

今まで母がお世話になり、本当にありがとうございました。



訃報 弘子母

トーク番組の収録が終わりました!
C WAVE インターネットラジオ
和音&こども ど真ん中プロジェクト
トーク番組の収録が終わりました!

テーマは「全てをかけるということ」ということで、

 子供の頃の話、
 文化庁 芸術祭 大賞受賞のこと、
 舞台人として大切なこと、
 日々の生活のこと、
 未来ある子供たちへの夢、

など様々なお話しをさせていただいてます。

You tubeでもご覧いただけます!
https://www.youtube.com/watch?v=CIkJJAqL8cg

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石井智子フラメンコスタジオミニコンサート 無事終演!
ガルロチでの石井智子フラメンコスタジオミニコンサート、
無事終えることができました!!
お越し下さいました皆様、本当にありがとうございました‼️

銀座スタジオでのゲネプロの時点で、大型台風24号の接近に伴い、
JR在来線が夜8時に運行取りやめの情報があり、問い合わせが続く中、
スタッフはコンサートを中止にするかの話し合いでてんやわんや。
最終的に、終演を7時半になるよう開演時間を早めることで決着。

出演者の皆さんは、場当たりや準備時間も充分にない状態の
バタバタでの出演となってしまいました。
そんな中でも、本番は皆さん生き生きと一瞬一瞬を
大事に踊っている様子が伝わり、感動の良いステージでした✨✨✨

そして電車が止まるかもしれない状況の中、
沢山のお客様がお越し下さいました!
お客様がいらっしゃなければ舞台は成り立ちません。
客席ではハレオも飛び交い、温かい応援をして下さった
お客様に心より感謝申し上げます!

バックで一生懸命盛り上げてくれた、
ミュージシャンのクーロ、今田さん、はるなさんも、
本当にありがとうございました❣️

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まとめ