FC2ブログ
Triti Tran ティリティ・トゥラン

悲しいこと 
今年の4月に、私がmadre(母)と呼んでいるスペインでのお母さんが亡くなりました。
30年前に日本で知り合ったスペイン人のアンパロという踊り手のお母さんです。
まだ私が27、8才の頃セビージャに滞在していた時、アンパロのお父さんとお母さんは、
泊まる宿がなく困り果てていた私を、家に1ヶ月も住まわせてくれたのです。
それからは、私もpadre(父) madre(母)と呼ぶようになり、セビージャに行く度に訪ねていましたが、
padreは20年前に亡くなりました。亡くなる少し前に、padreが『tomokoに電話してくれ』と家族に言い、
当時携帯もラインも何もない時代に、わざわざ国際電話をかけてきてくれました。
悲しいことにアンパロの結婚式を12日後に控え…….
私はもともと結婚式に招待されていてスペインへ行く予定でしたので、すぐに渡西、
padre不在の悲しい結婚式に参加したのです。
アンパロとは本当に姉妹のようで、padreの死後もmadreは私のことを娘のように可愛がってくれました。
そのmadreも亡くなり………
3月、もしくは4月の初めにでも、亡くなる前にスペインに会いに行けばよかった、と後悔の念しきりです。
日曜日に、セビージャのセメンテリオ(墓地)に2つの花束を持ってお参りに。
墓地の入り口でアンパロに再会、言葉もないまま二人で抱き合ったままずっと泣いていました。

写真1 pardeとmadreのお墓
アンパロさん IMG_4880

写真2 アンパロ家族と
アンパロさん IMG_4895

写真3 25年前お世話になってたいた頃
アンパロさん FullSizeRender

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © スペイン・ アンダルシアの太陽のように. all rights reserved.
まとめ